晴天だった5月5日の分からの一連は、 これがラスト。
再度、 『撮影状況の流れ』のイメージを、といった趣向の、 同じ縮尺でトリミングと縮小した連続写真で。





このテを写していると、
「そこに行きさえすれば 同じものが写せる」
と思って、 時には もう確信に満ち満ちて 全身から満貫の歓喜がほとばしる勢いで弾み駆けて来たり、が ありがちパターン。
その期待で 望遠レンズを持って纏わりついてきての行動では、 ひたすら ホバリングするの『だけ』を待ち続けるのが恒例で...
そういう対象は 延々と ただ見送り続ける “動体”の飛翔状態。
このテイクでは、 ずっと概ね直進の、 特にという動きは入らず、で、 ふつ~感が揃った並び x x x
飛翔写真の実経験が無いと、 飛んでいるところを写せさえすれば好作品が得られる...と熱弁されがち??
そこには、 “作品”的な単写真では 前後コマを見ることは殆ど無い...あたりを、 突発の単発で写ったと見てしまうような感も??
そんな “知ったかぶり”からの“言葉遊び”で極度に単純化しすぎたらしい空想世界の設定は、 リアル世界とは無関係ほど違う。
たいていは、 外からは見えなくても、 前後コマや 別テイクの、 選別で除外される 多くの“写せてはいる”類似コマがあるもの。
上写真の中から、
のアスペクト比に合わせた方は、

今回は、 通常の画像と同じ 長辺 1024px で。
こういう飛翔写真のような“動体”は、 機材やフィールドの事情も含めた総合での 写す側次第で 結果が大きく違ってくるもの。
この日は、 シーズンの中では まだ初期。
個体数が少なくて テイク数も低調だったり...
フィールドの条件も あまり良くなかったり...
写せた部分はありつつ、 好結果というには程遠く、といったところ。
そんな一連も、 未来までの写せる分を全て寄せ集めても無理そう...に見える向きも??
最初に書いたように、 この日は 身体的な運動機能のところで 少々問題があり...
極端な差し障りまでは無い、とはいえ、 確実に 普段通りではない状態での撮影分という面も。
こういう実例は、 このテの飛翔写真を写すことには 身体的な能力に要求されるレベルが高いのではないのが伝わるだろうところ。
そんな“動体”を写したい願望的な意向も 機材もあっても 写せないのを当然としているのなら...
要因は、 多くは、 身体的な能力の差ではなく、 行動する“知的な部分”にある、ということなのでは。
そこを解って まだ長くあるシーズンを使えれば、 撮影行動でも結果でも 当然とする世界観が違ってくる...のかも。
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